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総じておバカな国民に告ぐ!<Volume.3> [迷える人々へ]


微かな残照.jpg

〜今回掲載した写真のテーマは陰影(「shadow」或いは「silhouette」)です。

その味わい深い陰影を、是非とも最後までお楽しみ頂ければ幸いに存じます

 

正直者が馬鹿を見る〜、臭いものには蓋をしろ〜、出る杭は打たれる〜。。。 

それらは今も昔も変わらない「真実」である。

だから嘘や欺瞞や曲がったことが嫌いな私は、いつもその渦中にある。故に・・・

罵詈雑言、ありとあらゆる心ない、しかも口汚い言葉の矢が、次々と私の心の臓に突き刺さる。

そんな罵詈雑言や誹謗中傷に幾度も晒されて、いつしか耐性が出来てしまった私である。

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それが良いことなのか、果たしてそうでないのかはちっとも分からないけれど、当初ブログが炎上した時は、そんな感じがしたものだ。

ただし私の場合それに萎縮することなく、即座、且つ徹底的に反撃に転じたのは言うまでもない。

遣られたらその場で遣り返さなければ、禍根を断てないのは自明の理だからだ。

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しかし幾ら耐性ができたとは言っても、心がまったく傷つかない訳ではない。

当時、こうした卑劣なコメントを為す者は、ネットの匿名性(「本名を名乗る必要がない」或いは「個人を特定出来ない仕組み」という意味)を悪用して、普段使っているハンドルネームを使わず、第三者に「成りすまし」て攻撃して来る特徴があった。

ブログ炎上と見ると集まってくる、「愉快犯」も同様である。

だから私は<設定>で、当ブログの「登録メンバー」のみコメントを受け付け、「GUEST」コメントは書き込めないように設定を変えたのだった。

私がそのように設定したのは、当時のSo-netブログのメンバーで、尚かつ正規のブログハンドルネームで、正面から非難したり誹謗と中傷をしてくるような<恥知らず>はいなかったからだ。

これでそのような心ないコメントや誹謗中傷コメントは当面の間は排除できると当時は考えた。

もう15年以上も前のことである。

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それから15年以上が経過し、今やブログ事情も様変わりをした。

約2年前には、【お〇の大将】や【塾〇先生】や、【私腹の時間】や【NEO・ア〇キー】や【まっ●●SUKE】などの一応名の通った面々で、表ヅラは善人を装ってはいるけれど、実は腹●五人衆がとうとう本性を現した。匿名性が確保出来て成りすましが出来る環境であれば、好き勝手が出来ると考える<恥知らず>がとうとう現れたのだ。

というより元より潜在的にいたのだが、それが顕在化していなかっただけのことなのかも知れぬ。

それと同時に明らかになったのは、その取り巻き、或いは信奉者等々、それらに加担する【嗜虐趣味的、或いは烏合の衆的、野次馬連中】が想像以上に増殖していたことだ。

精神汚染>とか<マインド・コントロール>とはこうした事象(一人または複数のカリスマ的存在への、無知なるが故の崇拝及び盲信、或いは狂信)を指して言うのかもしれない。

この者らの特徴は、<設定>で攻撃対象(この場合は「私」)のブログネームやURLを禁止WORD】に加えて、一切コメントを書き込めない様にした上で、彼らなりの反論や揶揄記事、あるいは言い訳と自己正当化満載の記事を展開することだ。

そして本当は私に対して害を為したのに、自分は被害者だと何食わぬ顔で騒ぎ立てるのである。そして嘘つきは、その身が亡ぶまで嘘を際限なく重ねる。

見苦しいったらありゃしないし、無様そのものである。恥を知らない日本人の典型がここに在る。

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思うに今の世の中は、私が15年以上も前に「GUEST」コメントを拒否できるように設定した当時よりも、更に陰湿で偽善的で嗜虐的で刹那的で、しかも考え無しで似非なる善人が大いに幅を利かせ、跋扈する時代に成り果てた感がある。

しかも手口がますます巧妙になっている。そうした手口で多くのブロガーを愚かな考えに感化させ、尚かつ洗脳(マインド・コントロール)して、自分の味方につけて己を正当化するという遣り口が横行しているようにも見受けられる。

現在では、ブログ規約や関係法令に抵触しないギリギリのところで、攻撃する相手の名を挙げず、「アレ」とか「ソレ」とかを多用して<相手を特定していない>というポーズを示しつつ、揶揄や侮蔑の言葉を並べ、それらを暗に仄めかして自身の正当化を図ろうとする輩が横行しているように思える。

「・・・と言う夢を見ました」、と書けば全てがチャラになると考える愚かしさは救い難い。

だから実に言葉に重みがない。

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そうは言っても、そもそもちょっと雷鳴が響いただけでも飛び上がるほど驚く怯懦な連中である。

だからこそ、相手(私)からの反論を恐れて<言論封じ>を画策し、それを実行するのだった。

だがこのように言いたいことを暈(ぼ)かすのは、自分の訴えなり主張に正当性も真実性もないことを、百も承知で書かざるを得なかったという見方も出来よう。

事実そうなのだから仕方ない。

どいつもこいつも<根性なし>なのである。

「所詮犬の遠吠え」と私に揶揄されても致し方なし。

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それもこれも<覚悟>無き故である。

だから遣ること為すことコソコソして、正々堂々としたところが一切ない。

匹夫の勇を奮い起こして、しかも嘘までついて反論を試みた「塾〇先生」は、その欺瞞と嘘を暴かれ、尚かつ偽善者の顔を露呈し、結局のところ私の正論を前にして尻すぼみで終わらざるを得なかった。しかも同時にあれやこれや言い訳をしながら、38もの記事を削除せざるを得なかったのは記憶に新しいところである。

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何度も言うが、この者らが自分たちにとって都合の悪い<言論封じ>のために画策したのが、私のブログ(ハンドル)ネームやURLを、【禁止WORD】に設定して己のブログにコメントを書き込めない様にしたことだ。

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<2023/11/22 12:20追記>

その上で自分の記事の中で、相手を<アレ>や<ソレ>と呼び暗に臭わせて、相手に反撃されない環境(「相手のURL等を【禁止WORD】に設定する」という意味)を作った上で、相手への非難や誹謗中傷や名誉を毀損したり、嘘で固めた言い訳で事情を知らない多くのブロガーの同情を託ち、そのまことしやかな嘘と欺瞞を信用させるのだ。

皆さんもよく聞く<風評被害>とは、こうして出来上がっていくのだ。

そしてその一翼を担うのは、実はあなた達なのかも知れぬ。なぜならば、そもそも<風評被害>とは、<伝聞>なしには、けして広がらないからだ。

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それらは自分たちの不正や欺瞞や偽善や虚偽答弁を(私に)明らかにされるのを恐れたがゆえだ。

それがチャチな<言論封じ>と言うか、<反論恐れ>の中身である。

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一方私は,その情況を受けて、単に誹謗中傷や名誉毀損コメントを排除する目的で、【禁止WORD】にこの者らのURL等を書き加えた。

改めて言うが、それまで私がこの者らを【禁止WORD】に加えたことは一度もない。やつらがそうしたから、対抗上そうした迄である。

しかし理由はそればかりではない。ブログ規約上、たとえ当人のコメントでなかったとしても、そうした不正なコメントを放置すれば、<管理者責任>を問われることになっているからだ。だからそのように<設定>を変えた。

しかも<目には目を歯には歯を>の私だから、けしてそれだけでは終わらない。

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私はそうすると同時に、こうした輩の正体を知らしめるために、

また【塾〇先生】の「書きたいことがあったら自分のブログでどうぞ!」という揶揄の言葉を受けて、

「ならばそうさせて頂きます」と、売り言葉に買い言葉よろしく、まさに渡りに船とばかりに、

自身のブログを使ってその欺瞞性と偽善性と虚偽コメントの数々を暴き、真実を明らかにした。

それに慌てふためいたのは当然私ではなく、元々考え無しで覚悟もない【塾〇先生】の方である。

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私が見るところ、(というより誰が見ても)「遣るなら遣ってみろと啖呵を切った」ご当人であるこの【塾〇先生】には、実のところその言葉に見合った<覚悟>がまったく以て足りていなかったとしか言いようがない。似非教〇者であれば致し方なしと言ったところか。

だからその後になって、拙速というかその場凌ぎというかよく考えもせずに、言い訳記事を矢継ぎ早に公開しては消す、という無様な行為を散々繰り返したのはご存じの通りだ。

その中で数々の欺瞞と嘘と偽善性を大いに発揮していたのは言うまでもないし、時に違法行為の疑いのある言動(或いは明らかな違法行為)まであったのはご愛敬かも知れない。

そうした浅薄で感情的な言動を見るにつけ、虚偽体質で保身のみに汲々とするような、しかも「自分の言葉に責任が持てない人間が、果たして人にものを教えて良いのだろうか」、という素朴な疑問が、私の脳裏を過ったのは至極当然であろう。

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しかし●●ブログは「混乱」を恐れるあまり、事の是非を問うことなく一方的に私の記事を【送信防止措置】にして収拾を図った。これがあの2年前の真相である。

これで奴らは一件が落着して、自分たちの体面を保てたと思ったのかも知れないが、そうは問屋が卸さないのは世の常。

遣られたら遣り返す>のを信条の一つとする私だから、事がそのままで終わる訳がない。

とはいえ、己の言動とその結果の反動が我が身に降り掛かるだろうことは百も承知だ。

私には元々<覚悟>は出来ているので、何ら恐れるものはない。

奴らとはそもそも生き方(私は「生き様」という言葉は使いません!)が違うのである。

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それもこれも(「私と、私と対立している人達」という意味)、事の善し悪しも含めて、全てがすべて、因果応報だと考えているからだ。

この因果律から逃れ得る者は一人もいない。

そうして世の常が、因果応報の理に基づいているならば、私の忌憚ない或いは歯に衣着せぬ直言は、当然ながら世の反発を招くだろう。日本社会の常識は、「臭いものは蓋」体質だからだ。「見て見ぬ振りが常態化している」と言っても過言ではない。

それでいて反発だけは一人前にするのだから始末が悪い。

私の言葉が人の心に直に届き、しかも人々の痛いところを突いていたとするならば尚更だろう。

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水面に石を投じて波紋が次々と広がる。その波紋の大きさが、(出来)事の大きさを物語る。

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そんなことを経験して思うのは、人々は時に残酷で軽薄で、しかも救い難いほど愚かだということだ。

人々は、どうしてこうも思慮が足りず短絡的で、尚かつ刹那的で情動によって突き動かされる、単純で単細胞な生きものに成り果ててしまったのだろう。

「自分は頭が良い」、あるいは「要領がいい」と思っている連中に、その傾向が顕著なのは実にオモシロイところだ。

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そう思って、今の日本人に足りないのは何だろうと考えた時、出てきた答えはただ一つだ。

上記で何度も書いているが、それは<覚悟>なのだと思う。

今、日本人に心底足りないのは、何はさて置いても<覚悟>なのだ。

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この世にオギャーと生まれ落ちた時からずっと、唯々漫然と生きて来たものだから覚悟など初めからありはしない。

それが証拠に漫然と生きているから先のことなど考えもしないし、漫然と生きているからこそ今自分の目の前で起こっている事象が自分とどう関わっているのかさえ気づかない。

だから想定外のできごとが目の前で展開されると、為す術なくただ狼狽え、そして慌てて愚にもつかぬ反論や嘘を繰り返すから、ついに墓穴を掘ってしまうのである。

それらはすべて<覚悟>がないからだ。

自分の言動がどのような結果をもたらすかを知りもせず、覚悟もなしにただ情動によって突き動かされるから、良い結末を迎えることはあり得ない。

糅てて加えて漫然と生きているから自分の考えがなく、周りの意見や風潮に流されやすい。

その危うさに気づきもしないのは取りも直さず漫然と生きているがゆえだ。

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何のことはない。

輪廻転生かメビウスの帯のごとく、答えは堂々巡りで際限なく<正解>には到底辿り着けない、底無しの愚かさを露呈しているように見受けられる。

「旧ジャニーズ事務所の性加害」の一件も「宝塚歌劇団員死亡」の一件も、

「日大アメフト部薬物事件」の一件も「ビッグモーター保険金不正請求事件」等々の不祥事も、

皆それに対処した人達に、そもそもあらゆることを背負って立つ<度胸>と<覚悟>がなく、ちまちまと己の<保身>を図ったが故の今である。

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<追記>

当初は、去る10月23日に公表された、第二百十二回国会における岸田文雄内閣総理大臣の、「所信表明演説」の事実と異なる表明と、その欺瞞性について記述して総理の<覚悟>の無さを暴く予定でした。だから遣ること為すことチグハグでデタラメだと詳細に語ってみようと思っていたのです。

もちろん、どこぞの『バ〇塾センセイ』のように、それこそこまっしゃくれた小学生でも言えるような、通り一遍の政権批判などする気は更々ありません。大勢を占める意見などに迎合しない私は、他人の請け売りなど決してしないのです。

という訳で、岸田総理の「所信表明演説」に言寄せて、己の「覚悟の無さ」やその「欺瞞性」に気づかない、過半の国民の愚かさ加減に言及する予定であったが、今回はそれを書かずに、敢えて私の経験を引き合いに出して、【日本人の覚悟】について私なりの考えを述べてみた。

私は思う。

他人の請け売りではなく、誰もが思う常識的考えを打破した言説こそ、真の意見というものだ。

 それ以外は迎合であり欺瞞だから、そこに真実も正義も存在しない。


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ライス


こんばんは。
「覚悟」がないというのは全くの同意ですね。
責任をとる覚悟がないから、保身や責任転嫁、パワハラの原因になりますし、
責任をとる覚悟がないから、取り巻きになっていたほうが楽だという、
日本人のダメなところだと思います。

つい先日、旅の帰りにエスカレーターに乗っていたところ、
歩いて降りてきた男性(60代ぐらい)が派手にぶつかってきてトラブルになりました。
明らかにエスカレーターで歩く方が加害者であることの正論に対し、相手は勝てないので、
「やるならやってみろ」と逆に被害者になろうとすげ替えしようとしました。
××の大将一味の如く、なるほど、ダメ人間はやり口が同じだなと感じました。
by ライス (2023-11-21 23:29) 

みずき

夕焼け空と海と富士山の組み合わせは
素敵ですね。うちからだと上の方しか
見えないんですが、やっぱり富士山は
形がキレイです(^^♪
by みずき (2023-11-21 23:36) 

お散歩爺

正直者が馬鹿を見る、臭いものには蓋をしろ、出る杭は打たれる、
[迷える人々へ]教えてあげて下さい。

by お散歩爺 (2023-11-22 06:24) 

Baldhead1010

一枚目のように太陽が真っ赤に写る時は地平がかなり汚染されていないとこんな色にはなりません。
ほとんどの時が最後の方にあるような発色です。
それでも見た目とは全然違う写りです。
所詮カメラはカメラ。

鈴木裕介著の「我慢して生きるほど人生は長くない」おもしろかったです。
by Baldhead1010 (2023-11-22 06:48) 

tochimochi

覚悟は大事ですね。
私はすぐ周りに迎合して自説を曲げてしまいます。
単に自信がないのかもしれません。
愚かさを喝破する次回を楽しみにしております。
by tochimochi (2023-11-22 20:16) 

U3

☆ライスさん こんばんは。
覚悟がない。自分が悪くてもけして謝ろうとしない。だから責任転嫁はお手のもの。それでいて他人に厳しく自分に甘いだけの根性なし。自分に甘く責任を他人に擦り付けるから嘘を平気でつける。つまり嘘つき体質がすっかり身に染みついている。そして狡っ辛い本性を隠して正直者を馬鹿にする。
今はこんなのばっかですね。
by U3 (2023-11-22 21:12) 

U3

☆みずきさん こんばんは。
東京湾越しに富士山が見られるロケーションが、自転車で走って30分の距離にあるって、本当に幸せなのかもしれません。
この時期はだんだん寒くなっていくけれど、その分空気が澄んで遠くまでくっきり見通せて、伊豆半島の天城山系辺りに沈むあざやかな夕陽を見るだけで、本当に心が和みます。
by U3 (2023-11-22 21:17) 

U3

☆お散歩爺さん こんばんは。
言っても無駄なので教えるつもりは有馬温泉!(*´∀`*)
by U3 (2023-11-22 21:19) 

U3

☆Baldhead1010さん こんばんは。
1枚目は、空気が汚れていると言うより、水蒸気で霞んでいる気象状況での撮影のためと分析しています。

>ほとんどの時が最後の方にあるような発色です。
>それでも見た目とは全然違う写りです。
>所詮カメラはカメラ。

仰る通りだと思います。
恐らくイメージセンサーのCMOSの性能と映像エンジン(ソフトウェア)で発色が決定されているものと思われます。
私が撮っているのはiPhone13ProMAXですが、センサーはSONY製なので発色は鮮やかに写る傾向が強いと思われます。
ところで上記に関連していることで、疑問に思っていることがひとつあります。
人間の「見た目」とCMOSセンサーの「発色」と異なるのは理解できるのですが、人の見た目は全て同じなのか?、という素朴な疑問です。
私が思うに、人の考えや行動が十人十色ということであれば、見た目は同じということはないんじゃないかと思う訳です。
Baldhead1010さん如何お考えでしょうか?
by U3 (2023-11-22 21:34) 

U3

☆tochimochiさん こんばんは。
>私はすぐ周りに迎合して自説を曲げてしまいます。
大概の人がそうなので安心してください。・・・とは言えない私( ̄∇ ̄)
そうならないために、tochimochiさんのなされている、トレッキングはとても良いと思います。
山を登っている時や稜線を歩いている時、案外無心でいる時間よりも、色々考えながらトレッキングしている時間の方が多いのではありませんか。
そんな時、人は意外と日常のあれこれを思い浮かべ、ああすれば良かった、こうすべきだったとか内省したりしているものです。
それが明日に繋がるのだと思っています。
そういった意味で、山登りとか山歩きとか、良い時間の過ごされ方を為されている。
人は己の過去を振り返り、反省する時間が必要な、生きものだと思います。
反省なき者は、同じ過ちを繰り返すだけで、進歩も発展もありません。
by U3 (2023-11-22 21:48) 

まるたろう

夕焼けの写真は自分、ほとんど撮った事がありませんが、
素晴らしい夕焼け写真の数々に、心が洗われましたね。
by まるたろう (2023-11-22 22:13) 

Baldhead1010

同じ朝焼けを見ても、見える色合いは色盲で無い限りほとんど同じでしょうが、心に感じることは皆さんそれぞれ違うでしょうね。
私はその空に感動するから、そして、これが一期一会だからという思いでシャッターを切っています。
by Baldhead1010 (2023-11-23 07:20) 

拳客

覚悟ですか・・・自分はあるのかな?
自問自答してみます。
by 拳客 (2023-11-23 12:07) 

Enrique

覚悟のない人がそれなりの立場に立つと周りに迷惑がかかります。しかし日本社会では彼方此方に結構そういう人がいるのでしょう。そしてそういう人が世渡り上手?だったり。世の中の生産性が上がるわけがないですね。

横レスで恐縮ですが,色そのものは結構違って見えている様です。西洋人はかなり青っぽく見えているようです。日本人は白い光が好きですが,ワルシャワの街灯などは黄色を通り越して殆ど赤いですね。
by Enrique (2023-11-23 20:20) 

U3

☆まるたろうさん こんばんは。
実際の見た目の色は、橙色というより黄色に近いものがあります。
日没後の残照が残っている雲などはピンク色に近い色です。
ですから、これはカメラの個性(演色の違い)と言うべきものだと思います。
by U3 (2023-11-23 21:25) 

U3

☆Baldhead1010さん こんばんは。
想いが伝わってきました。
by U3 (2023-11-23 21:27) 

U3

☆拳客さん こんばんは。
「自問自答」とは、自らが疑問を発して、自らがそれに答える(=自らが発した疑問に自らが解決策を示す)、という意味かと思います。
であれば「自分に『覚悟』はあるのか?」が<問い>となる訳ですが、自分の中だけでは主観的な判断しか出来ないので、「自問自答」では解決しないと思われます。
であれば、自分以外の者らの言動に目を向けて、それらと客観的に比較・検討することによってのみ、解答は得られるのではないでしょうか。
by U3 (2023-11-23 21:41) 

U3

☆Enriqueさん こんばんは。
一番困るのは、<覚悟>のない人物が、今総理の座に就いていることだと私は思っています。

それと、人によって色が違って見えるのかという私の問いに、Enriqueさんと、Baldhead1010さんが答えて下さったので、私も改めてネットで調べてみました。
やはり人によって色の違いがあるのと同時に、男と女では色の見え方に違いがある(女性の方がより細かく色を見分けている(特に暖色系)そうです)とか、民族によって色の見え方は違うとのことでした。
その違い(色の識別とか見え方)は、どうも虹彩の色(つまりメラニン色素の量の違い)に大いに関係しているらしいです。(男女間で色の見え方が違う理由は、私が調べた範囲では不明でした)
主に民族間の色の見え方について以下コメントします。
我々日本人の虹彩の色は、黒か濃い茶色の人の比率が高いように思われますが、私は実際のところ(欧米人から見ても)日本人ではないと思われるほど薄い茶色をしていて、肌の色も含めてメラニン色素が非常に少ない遺伝子を持って生まれてきたようです。
ですから光にはとても敏感で、大方の日本人が大した日差しでないと感じても、私には眩しすぎて思わずサングラスを掛けたいと思ってしまうほどです。
それに、例えば絵を描くと、色遣いが優しいと美術の先生に言われたことは一度ならずあります。ですから俗に言う「どぎつい色」系統で絵を描くことはありません。(因みに「美術」の成績は小学校から高校まで5段階評価なら「5」、10段階なら「10」を一度も外したことはありません)
今までそれは私の個性だと思っていたのですが、どうも虹彩の色で見え方が異なるとなると、見え方が違うのはどうも個性だけではなさそうです。私の虹彩の色が欧米人並みに薄いということは、私の見え方は欧米人により近いということなのかも知れません。
夜になっている部分の地球の衛星写真を見るとそれがよく分かります。日本は特に明かりが目立ちますが、パリやロンドンはそれほど明るくはありません。実際に海外旅行、特にヨーロッパに行くと分かりますが、街灯の照度は欧米の方が日本と比べて遙かに暗いのが分かります。それはその明るさでも欧米人はものを識別できるのと同時に、それ以上明るすぎると眩しいと感じるからだと思われます。
そしてここが一番肝要なのですが、光なくして色は識別できないという事実です。
結論から言うと、Enriqueさんの認識は正しいということになります。つまり色の捉え方も十人十色で個性の一つだと言えましょう。
ただし民族間で大きな違いがあるとは思っていません。
因みに、日本人や多くのアジア人は、「虹」を<7色>と認識していますが、欧米人は<6色>だそうです。
これも虹彩の色の濃い薄い、つまりメラニン色素の量の違いの為せる技なのかもしれません。
返信コメント長くてすみません( ̄∇ ̄)
by U3 (2023-11-23 22:26) 

横 濱男

素敵な夕景写真ですね。
by 横 濱男 (2023-11-26 11:41) 

八犬伝

綺麗な富士の夕景ですね。
お見事です。
覚悟がない
自分で自分のケツを拭けない
だからこそ徒党を組むのだと思います。
そんな人間には、なりたくないものです。
by 八犬伝 (2023-11-28 20:35) 

なかちゃん

正直者が馬鹿を、臭いものには蓋を、出る杭は打たれ・・・ボクも結構その渦中にいるような人生を歩いてきました ^^
このネットの匿名性を利用しての発信というのが、とにかく気に食いません。少なくともボクは今までに一度もやったことがないと思います(^^;

by なかちゃん (2023-11-29 14:58) 

U3

☆横 濱男さん こんばんは。
これからもこうした写真公開していく積もりです。
by U3 (2023-12-03 18:03) 

U3

☆八犬伝さん こんばんは。
ええ、こんな人間どもになるくらいだったら、よほどボッチの方がまともな人生を歩むことができるでしょうね。
by U3 (2023-12-03 18:06) 

U3

☆なかちゃん こんばんは。
まあ実生活というか仕事でも、何か言いたいことがあっても、面と向かって意見など言えない小心者というか怯懦で姑息な性格なのだと思うしかないでしょう。
そういう奴がネットの匿名性を悪用してヘイトスピーチや嫌がらせをするのでしょう。こういった人間は案外身近にいるものです。
ひょんな事からそれが分かり、「え、あの人が!」という驚きはこの一件で随分とありました。ハッキリ言って20人以上「面従腹背的人物」がいたのには驚きました。
by U3 (2023-12-03 18:13) 

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